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祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理を顕はす。奢れる者も久しからず、ただ春の夜の夢の如し。猛き人も遂には滅びぬ、偏に風の前の塵に同じ。
by ijigengazou
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カテゴリ:読書系( 7 )

女に「ウケる」話術



また桜井さんです。女性を落とすといえばこの人のようです。前回も紹介しましたが、この人、「女性自身」の編集長をやったことのある人です。ということはいろんな情報に詳しいはずなのですが、、、
女性とのメールのやりとりでこの人が開発したという暗号
「2*2 0*3 8*3 1*3 5*2 1*1 1*2 4*1 1*2]
これで
「き ん よ う に あ い た い」
と読むんです。へぇ~、解説見なくても読めたけどでも、俺がやるならこうやるね
「22 03 85 13 52 11 12 41 12」
違いは「よ」を「83」と表すか、「85」と表すかなんですが、ナウなヤングの皆さんならわかりますよね?これって
ポケベル入力やんって。
ポケベルが普及する前から使っていたのならすごい!と褒めてもいいと思いますが、この人メールのやり取りで使ってるって書いてるから二番煎じということになります。相手の女性も喜んでたと書いてたから、相手は30以上だ。間違いない

つづいて、エッチトークのところなんですが、卑猥なことを連想させる行動が女性との距離を縮めそういう関係になりやすいと言っています。そこで北野たけしが引用されるわけです。
「両股を開き、少し腰を落として、両手で下腹部を往復させるゼスチャーをします。実際にはなにを意味しているかわかりませんが、淫らなしぐさであることは間違いありません。」
コマネチじゃねぇかよ。女性週刊誌の編集長やってたんでしょ?

前半で、親父ギャグが嫌われるって言ってたのに、後半で女性を笑わせるトークとして語呂合わせが出てくるし。「焼肉-やきにくい」って、あんたそれが親父ギャグですからーーー!!残念!!

この本、30代以上の女性を口説く方対象のようです。ってか、この歳でこんな本読んでる自分が一番悲しいですからーーー!!切腹っ!
ぐはっ

女に「ウケる」話術



ゴッゴルヤッヒョイ


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by ijigengazou | 2004-12-19 04:33 | 読書系

伊達政宗 1巻~8巻

伊達政宗/山岡荘八

独眼竜で有名な伊達政宗の小説。
奥州の名門伊達家当主輝宗の嫡子として生まれる。母は最上義光の妹義姫。

幼い頃かかった疱瘡で左の目の機能を失う。史実では右目らしい。

政宗は禅僧虎哉に教育され見事なへそ曲りになっていく。
父輝宗の隠居後、奥州平定に乗り出す政宗だったが、会津を得たところで、秀吉の小田原征伐に招集される。ここで、伊達家では、抗戦論と服従論に別れるが、片倉小十郎景綱が
「秀吉は蝿でござる」といって、小田原参陣を決めさせる。蝿は払っても払ってもいくらでも湧いてくるもの。秀吉の軍の強大さは蝿のようなものである。ここで政宗の天下統一の夢は終わるのだが、政宗は虎視眈々と隙をうかがい続ける。そして、たまに失敗して痛い目を見そうになって策で切り抜ける。よくそんなこと思いつくもんだなと感心します。

この後、政宗はいろんな人物に会って人間を深めていくことになる。
・豊臣秀吉
・徳川家康
・大久保長安
・ソテロ
・柳生宗矩
・徳川秀忠

若いときはじゃじゃ馬のような政宗だったが、徳川家康に会い、彼の元で副将軍として働いていくうちに、自分は天下を取る器でないことを悟り、日本の平和のために働き始める。秀吉には食って掛かった独眼竜だったが、どうも家康には勝てないみたいです。だが、ただ従うだけではなく、その家康から多くのものを学んで成長していった政宗。後の将軍秀忠、3代家光にも重宝された。

かっこいいんです。禅で培ったへそ曲り。そのへそ曲りが生み出す緻密な計算。そんな彼から繰り出される発言は深く面白い。
読んでいてめっちゃおもろいのでオススメ!!

めちゃくちゃな感想文でした。



ゴッゴルヤッヒョイ


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by ijigengazou | 2004-12-08 03:38 | 読書系

真珠湾への道~開戦・避戦9つの選択肢~

b0014954_026404.jpg日中戦争から日米開戦までの日本の外交努力を明らかにし、ここでこういう方法をとっていたら対米戦争は回避できたのではないのかという考察をしている。

まず、以外だったことは、近衛文麿の「蒋介石政府を相手とせず」(第一次近衛声明)後も日本は泥沼化する対中戦争を終結させるべく、様々なルートで蒋介石政府と交渉を行っていたと言うことだ。思ったより中国の対抗は続き、日本の軍部も疲れてきていたということだ。
しかし、これは軍の面子、中層部の強硬意見で失敗に終わる。
日本は対蒋援助を続ける米英をけん制する目的で日独伊三国同盟を結ぶ。これも、当時の外相松岡洋右の対米戦回避のための手段であった。だが、米国が嫌悪するナチスと手を結ぶことで状況は悪化する。
 
 さらに事態妥結のため(援蒋ルート遮断)に日本は仏印進駐を決める。特に南部仏印への進駐は日本の蘭印侵攻という危機感を米国に与え、結果として対日禁輸出政策となる。この間米国は、仏印からの撤兵、中国からの撤兵、蒋介石政府のみ認めるという条件で通商の再開を申しいれるが、軍部の反発で拒否。さらに、ルーズベルトによる仏印中立化提案も拒否する。この頃の軍部は強気であった。

 石油禁輸の後、日本はさらに米国との交渉を進めていくこととなるが、陸軍中層部はほぼ主戦論をとり、上層部がこれに突き上げられる形となっていた。対米交渉では、米側は全く譲歩を見せず、原則論を貫き通し、日本の大幅な譲歩も全く無駄となった。

 いよいよ戦争の色が濃くなってきた時、陸軍中層部以外はおおむね対米開戦には不安を抱いていた。まず、対米戦争で主役となる海軍は、到底米国と戦争をしても勝てるものではないという認識を持っていたし、外務大臣、大蔵大臣も総力戦となった場合、超大国アメリカに勝てるはずはないと思っていた。東條でさえも、「海軍がやれないといっている」ということで開戦には消極的だった。

 皆がそれを主張すれば良かった。しかし、皆他人に判断を任せたのだ。結局強く自己主張したのは陸軍だけであり、他の大臣たちはそれに流される形となった。無責任政治の結末でる。最後の歯止めであった天皇はクーデターを心配し、開戦の詔勅をだした。

 ありゃ、感想文というか要約になってしまった…
まあ、あれですよ。アメリカの原則論主義にも開戦責任はあると言ってるデスよ、著者は。また、あの戦争は決して自存自衛の戦争ではなく、侵略によって獲得した中国権益を守るためのものであったとも言っています。また、日本はアジアの諸民族と戦ったのではなく、宗主国であった米英蘭と戦ったのだと。結果としてアジア民族にはいろんな被害が出ているが、後にアジア開放につながったのも事実である。

善悪でなく、ありのままの歴史を認識し、考察する。これが本著の特徴である。太平洋戦争を扱った本には客観性が乏しいのが一般的である中、この本はかなり評価できる。
真珠湾への道
開戦・避戦9つの選択肢



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by ijigengazou | 2004-10-26 00:24 | 読書系

「真珠湾への道」から

「国家興亡ノ歴史ヲ見ルニ国ヲ興スモノハ青年、国ヲ亡ボスモノハ老年ナリ。」(機密日誌)

太平洋戦争へと導いたのは血気盛んな青年将校、それを抑えきれなかったのが老年政治家。
少なくとも青年は国を興していない。
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by ijigengazou | 2004-10-24 22:15 | 読書系

読書感想文:真珠湾への道

まだ途中ですが、現在の考えを書いておきます。

乱世には英雄が現れる。明治維新でも多くの英雄が現れ国を導いた。倒幕が良かったのか悪かったのかはわからないが、結果として日本は富国強兵を押し進め、世界列強の一員へと成長した。

だが、太平洋戦争のときはどうか。
優秀な人材はいたのかもしれない。しかし、それを軍、省、宮の保身主義がつぶした。
対米戦争を回避する手段はあった。

仏印、中国からの撤兵という譲歩を日本側が見せることで、おそらくアメリカとの戦争にはならなかっただろう。しかし、この撤兵というところに陸軍が噛み付く。駐兵は軍の心臓であると。また、日中戦争で死んでいった英霊に申し訳ないと。陸軍の保身である。

陸軍が駐兵にこだわったのに対して、海軍は対米戦争をしても絶対に勝てないということがわかっていたので撤兵を求めつほうであったろう。しかし、それは予算配分上不利になる可能性がある。また、和戦の決定は首相に一任するという態度を見せたことにも問題があろう。
統帥権を盾に言いたい放題な陸軍を抑えるには海軍が頑張るしかなかったのではないだろうか。

次は近衛文麿。彼んは一国の首相であるという意識はあったのだろうか。考えとしては正しいと思われるものをもっていた。対米戦争は避けるべきだという考えをもって、実際そのように動いたようではあるが、結局陸軍に押し切られている。なんと弱い首相であろうか。常に軍部のご機嫌を伺っていたかのような印象を受ける。日本の国民国家のため、自らの命を省みず頑張ってほしかった。

第三次近衛内閣のあと、反戦派の東久邇宮内閣を作るという話があった。これは内大臣木戸幸一が苦渋を呈し実現しなかった。皇族内閣の下で開戦→敗戦という事態になった場合
皇族の責任問題になるということらしい。だが、そんなことを言っている場合ではなかった。せっかく主戦派の東條英機が提案してきたことなのに。東條は海軍が「勝てる見込みはない」と言っている対米戦争に踏み込むことについて迷った時期があった。そして、血気盛んな主戦派若手たちを抑えるには、宮様内閣がいいと思いそれを上奏したのだ。

日独伊三国同盟を結んだ外相松岡洋右。陸軍を押さえ得たのは彼だけであった。しかし、彼の米国観はおかしかった。譲歩は相手を付け上がらせるという考えの下結んだ日独伊三国同盟であるが(実際はソ連を加えた4国同盟を想定していたが、独ソ開戦によって幻となった)、ナチスを毛嫌いしていたアメリカをますます怒らせる結果となった。結局日独伊三国同盟は、アメリカの参戦を嫌ったドイツが太平洋の日本と同盟を結ぶことでアメリカをけん制することが目的であったようだ。日本はまんまと利用されたことになる。松岡は、自分の考えに個室しすぎたようである。だが、反面奇妙な譲歩を見せたりして国の方向を誤らせたりしている。奇妙な男である。

わしが知っている優秀な人材とは、海軍の米内光政、山本五十六、井上成美ら親英米派である。彼らは教養深く広い視野で物事をみることができた。三国同盟がもたらす結果もわかっていたが、すさまじい抵抗にあっている。親英米派は命の危険にさらされた日々を送っていたのである。また、開戦派の伏見の宮が海軍の人事に大きな影響力をもっていたこともあり、彼らは優遇されなかった。宮様が人事に影響を持っていたあたりも問題であろう。

歴史で「たら、れば」話は禁物というが、そうとは限らないと思う。「たら、れば」を考えなければ歴史を学ぶ意味が無い。ただの物知りになりたいのならばそれでよいかもしれない。だが、歴史を今、または将来に生かすためには「たら、れば」を考え、それを活用することが必要なのである。

《まとめ》
政治家、公務員は私欲をすて、国のために働け。
省庁の保身がなんの意味を持とうか。国益を第一に考えよ。
絶対的な権力は作ってはならない。
広く知識を吸収し、それをもとに考え状況を分析せよ。
人生の楽観主義はよいことだが、政治の楽観主義は国を滅ぼす。


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by ijigengazou | 2004-10-20 19:42 | 読書系

蟹工船

蟹工船改版

プロレタリア文学な蟹工船です。現代に生きるわしが読むとストーリーが極端過ぎて笑えます。
搾取する資本家、劣悪な環境に耐える労働者。耐え切れなくなった労働者が一致団結し抵抗する(闘争)することで勝利するという話。
当時では現実味があり、それなりの影響力があったと思われる。
ただ、わしには稚拙な赤化広報小説としか思えない。大学の自治会と変わりが無い。ということは自治会が時代遅れな思想をしているということか。


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by ijigengazou | 2004-10-19 20:52 | 読書系

読書途中の感想文「真珠湾への道」

汪兆銘による南京政府が日本の傀儡国家であると定義するのであるならば、
西安事件以降の蒋介石重慶政府も、欧米や共産党による傀儡と言うことができるのではないか。(John Hunter Boyle, 1972)という部分があった。

なるほど、そういう見方もできるのか。

逆に、日本と合作を行ったアジア各国も決して傀儡と決め付けることはできないという。
何故なら、日本との合作がその国の国益になると判断し、そのようにしたからだ。彼らは日本に利用されたし、日本を利用した。インドネシアなどは日本軍政下で着実にインドネシア政府という組織を作り上げていた。

真に傀儡と呼べるのは、自身になんの実力もなく皇帝になった、ラストエンペラー溥儀のみである。という。

統治不可能なほど領土を広げた日本は、現地の英雄をしてその統治者にすることでアジアを間接統治しようとした。この日本の考えを知っていた英雄たちは、譲れるところは譲ったが、譲れないところは抵抗した。

これは斬新な衝撃をわしに与えた。客観的に物事をみるとはこういうことなのか。
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by ijigengazou | 2004-10-17 19:19 | 読書系